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2018年3月11日 (日)

震災報道

今日で東日本大震災から7年。

実家は栃木の大田原にあって、実家も含めて周辺では大きな被害はありませんでしたが、大田原市でも被害にあわれた方も少なくありません。
神様の実家も、栃木の壬生で、こちらも被災地ではありますが、大きな被害を免れています。
私自身、栃木県北に住んでいたということで、福島はよく遊びに行く場所でもありました。
東北にも仲間がいて、皆さん無事でしたが、多かれ少なかれ被災しています。

今日は、震災関連の特別番組がいっぱいなのかな?と思っていましたが、それほどでもありませんでした。

それでも、災害を忘れない、ということと、これから前に進んで行くためには、意味のあることでしょう。

これから書くことはデリケートな問題で、いろいろな考え方があると思いますが、報道を見ていて、疑問に感じたことを率直に書きます。


震災の番組でよくあるのが、「これから津波の映像が流れます。ストレスを感じる方はご視聴をお控えください」というもの。

だったら、流さなければ良いのに、と思ってしまいます。

津波の映像を分析して、水流がこう来るから、このように逃げた方が良い、とか、街のつくりをこうした方が良い、とか、この地形だと水がここまで来てしまうとか、具体的に何かが得られるならば、放送するのもやむを得ないでしょう。

しかし、ただの資料映像のように使うのはどうでしょうか。

実際に津波にあった方には、まさにストレスでしょう(直接津波にあっていない私には想像でしかありませんが)。
そうでない人には、言い方は悪いですが、火事場見物、というか、「うわ~、すごいな~、へぇ~」という高みの見物的な野次馬的な感覚を呼び起こしてしまうのではないか、と思うのです。
もしかしたら、テレビ局の人たちにも、少なからずそのような感覚があるんじゃないでしょうか?
(すみません、気を悪くされる方も多いと思います)

悲惨さを伝える、という大義名分があるのかもしれませんが、あの映像は、実際に遭遇していない人にとっては、想像はできても、実感のわかないものです。
放送側の制限もあって、本当に悲惨なものは映像で流すことができません。どうしても、映画のワンシーンのような感じになってしまうのです。

被災した方々の中にも、映像はやはり流すべきだ、という意見も多いかもしれません。
いろいろな意見があるべきだ、と思います。

しかし、私は、映像から何かを直接的に得られない限り、流すべきではない、と思います。少なくとも、演出として映像を流すだけであるならば。

皆さんはどう思うでしょうか?

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